「これ、火を通したら意味ないのかしら」
まさはるさんが新聞から顔を上げます。
「大根おろしを煮る人はおらんだろう」
「そうじゃなくて、酵素の話よ」
酵素は熱に弱い。よく聞く話です。
では、何度からはたらかなくなるのか。 冷凍した場合はどうなのか。この記事では、 温度と酵素の関係を、調理の場面に引きつけて説明します。
- 酵素が最もはたらく温度
- 何度から失活するのか
- 冷蔵・冷凍した場合はどうなるか
- 調理でできる工夫
酵素が最もはたらく温度
酵素には、最もよくはたらく温度があります。 これを最適温度(至適温度)と呼びます。
人の体の中ではたらく酵素の多くは、 体温に近い35〜40度あたりが最適温度です。
体温が37度前後に保たれているのは、 酵素がはたらきやすい環境を維持するためでもあります。
| 温度 | 酵素の状態 |
|---|---|
| 0〜10度 | ほとんど動かない(止まっているだけ) |
| 20〜30度 | ゆっくりはたらく |
| 35〜40度 | 最もよくはたらく |
| 50度前後 | はたらきが落ち始める |
| 60度以上 | 形が変わり、失活する |
低温と高温では、起きていることが違います。 ここが分かりにくいところです。
低温では「止まる」、高温では「壊れる」
冷やした酵素は、温めれば元に戻ります。
熱を加えた酵素は、冷やしても戻りません。
低温では、分子の動きが遅くなるだけです。 酵素の形は保たれているので、温度が上がればまたはたらきます。
高温では、酵素の形そのものが変わります。 酵素はタンパク質なので、 熱で折りたたみがほどけてしまうのです。
卵を焼いて固まったものが、冷やしても生卵に戻らないのと同じです。
だから冷蔵庫の中の食材には、酵素が残っています。 りんごを切って置いておくと茶色くなるのは、 冷蔵庫の中でも酵素がゆっくりはたらいているからです。 止まっているのではなく、遅くなっているだけです。
何度から失活するのか
はっきりした境目はありませんが、目安はあります。
多くの食品に含まれる酵素は、 ==おおよそ50度を超えるとはたらきが落ち始め、 60〜70度で大半が失活する==とされています。
ただし、酵素の種類によってかなり差があります。
| 酵素 | 含まれるもの | 目安 |
|---|---|---|
| アミラーゼ | 大根・山芋 | 50〜60度 |
| ブロメライン | パイナップル | 60度前後 |
| パパイン | パパヤ | 70〜80度(比較的強い) |
| リパーゼ | 種子・穀物 | 50〜60度 |
パパインはやや熱に強い部類です。 それでも、しっかり加熱すれば失活します。
温泉のような環境にいる酵素もある
例外もあります。
高温の温泉に住む微生物の酵素は、80度を超えてもはたらきます。 これは工業的に利用されていて、洗剤や検査試薬に使われています。
生き物が生きる環境に合わせて、酵素も適応しているわけです。
冷凍した場合はどうなるか
冷凍すると、酵素はほぼ止まります。
ただし、完全にゼロにはなりません。 長く冷凍していると、少しずつ変化が進むことが知られています。 冷凍焼けや風味の変化には、酵素も関わっています。
野菜を冷凍する前に、さっと熱を通す下処理です。
酵素を失活させることで、冷凍中の変色や風味の変化を抑えます。
沸騰した湯に10〜30秒ほど。素材によって異なります。
すぐ冷水にとり、水気を切ってから冷凍します。
市販の冷凍野菜が、長く保存しても色が変わりにくいのは、 この処理をしているためです。
調理でできる工夫
ここまでの話を、台所の話に戻します。
生で食べる、という選択
大根おろし、山芋のとろろ、フレッシュな果物。 これらは、食材に含まれる酵素がはたらいた状態で食べられます。
ただし、生で食べることが常に良いわけではありません。 加熱したほうが食べやすい食材もありますし、 噛む力や消化の状態によっては、やわらかく調理するほうが向いています。
「酵素を摂るために生で食べる」という考え方をよく見かけますが、 食べた酵素の多くは胃で分解されます。 食べやすさや好みを優先して構いません。 生で食べるのは、選択肢のひとつと考えてください。
薬味として添える
焼き魚に大根おろし、そばに山芋、肉にパイナップル。
昔からの組み合わせには、酵素のはたらきが関わっているものがあります。 理屈を知らなくても、経験的に選ばれてきた形です。
食材に含まれる消化酵素については、別の記事でまとめています。
発酵食品は、加熱の前後で変わる
味噌汁を作るとき、味噌は火を止めてから入れる。 そう習った方も多いと思います。
これは風味を保つためですが、 麹菌の酵素も、加熱すれば失活します。
ただし発酵の過程で作られたアミノ酸や有機酸は、熱でも残ります。 うま味成分が消えるわけではありません。
洗剤にも酵素が使われている
少し話が逸れますが、温度の話とつながるので触れておきます。
洗濯用の洗剤や食器用洗剤に、 「酵素配合」と書かれているものがあります。
これは、汚れを分解する酵素を加えたものです。 皮脂汚れにはリパーゼ、食べこぼしのでんぷんにはアミラーゼ、 血液や襟の汚れにはプロテアーゼ。 体の中ではたらく酵素と、同じ系統のものです。
ぬるま湯が向いている理由
洗剤の説明に「30〜40度のぬるま湯で」と 書かれていることがあります。
酵素が最もよくはたらく温度だからです。 冷水では動きが鈍く、熱湯では失活します。
つけ置き洗いをするときは、お風呂の残り湯くらいの温度が ちょうどよいとされています。 熱ければ落ちるというものではありません。
pH(酸性・アルカリ性)でも変わる
温度の話をしてきましたが、 酵素のはたらきを左右する要素は、もうひとつあります。
pH、つまり酸性かアルカリ性かという環境です。
| 酵素 | はたらく場所 | 環境 |
|---|---|---|
| だ液アミラーゼ | 口 | 中性に近い |
| ペプシン | 胃 | 強い酸性 |
| トリプシン | 小腸 | 弱いアルカリ性 |
だ液のアミラーゼは、口の中では活発にはたらきますが、 胃に入ると酸で形が変わり、止まります。
逆に胃のペプシンは、酸性でなければはたらきません。 それぞれの場所に合わせた酵素が用意されているわけです。
料理での応用
酸を加えると、酵素のはたらきが変わります。
りんごやバナナを切って、レモン汁をかけると 茶色くなりにくいのは、酸によって 変色に関わる酵素のはたらきが抑えられるためです。
塩水につける方法もあります。 どちらも、酵素がはたらきにくい環境を作っているという点で同じです。 お弁当にりんごを入れるとき、 塩水にくぐらせるのは理にかなった方法でした。
まとめ
-
1
酵素の最適温度は、体内のもので35〜40度あたりです。
-
2
50度を超えるとはたらきが落ち、60〜70度で大半が失活します。
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3
低温では止まるだけ。温めれば戻ります。
-
4
高温では形が変わる。冷やしても戻りません。
-
5
冷凍前の下ゆでは、酵素を止めて、冷凍中の色の変化を抑えるための処理です。
まさはるさんが焼き魚を見ながら言いました。
「昔からそうしてるでしょう」
さちこさんが、当たり前のように答えました。
その酵素が最もよくはたらく温度のことです。最適温度とも言います。 人の体内の酵素は35〜40度、食品の酵素もおおむね似た範囲です。 ただし種類によって差があります。
温度が上がれば失活します。加熱の方法は関係ありません。 ただし加熱ムラが出やすいので、部分的に残ることはあります。
はたらきは遅くなりますが、止まってはいません。 りんごの切り口が茶色くなるのは、冷蔵庫の中でも起きます。 保存の目安は、酵素ではなく食材ごとの日持ちで判断してください。
壊れるというより、ほぼ止まります。 ただし長期保存では少しずつ変化が進みます。 市販の冷凍野菜は、冷凍前に下ゆでして酵素を止めています。
風味を保つためには、火を止めてから入れるほうがよいとされます。 麹の酵素も加熱で失活しますが、 発酵でできたうま味成分は熱でも残ります。
食品添加物は使用していません。1日あたり約189円。
※この記事は、酵素という物質についての一般的な情報をまとめたものです。
特定の食品の効果・効能を示すものではありません。
※登場人物は物語上の設定です。
※健康食品は医薬品ではありません。
体調に不安のある方は、かかりつけの医師にご相談ください。
監修:菊地睦(げんき生活株式会社 代表取締役)


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